オーストリア散策エピソードNo.051-100 > No.053
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恋と帝位の両方を選んだ皇太子
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フランツ・フェルディナント
フランツ・フェルディナント

1899年、皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベート皇后の長男・ルドルフ皇太子がマイヤーリンクの事件で急逝。皇太子とシュテファニー王女の間には息子がいなかったので、次期皇帝の候補は皇帝の弟カール・ルートヴィヒの3人の息子になりました。

その3人息子とは、まじめなフランツ・フェルディナント、芸術家肌のフェルディナント・カール、そしてプレイボーイのオットーです。

さて、まず最初に落選したのはフェルディナント・カールでした。この人は初恋の相手とどうしても結婚したいと言い張ったのですが、その相手は大学教授の娘だったのでハプスブルク家の人々はカンカン。「そんなに平民仲間に入りたければ大公の地位は取り上げだ!」という脅しもまったく効き目なしでした。そして彼はオーストリア大公の地位をあっさりゴミ箱に捨ててその教授の娘と結婚。フェルディナント・ブルクと名前を変えて一般市民になってしまいました。ついでながら、この人はその後幸せに暮らしたそうですよ。

次に落選したのはオットーでした。この人はなかなかの美男子で「麗しのオットー」などと親しみを込めて人々から呼ばれていたのですが、なんだか遊ぶしか能がなかったようで。最後には女遊びが過ぎて性病にかかり、これがもとで亡くなってしまいました。トホホ。

こうして残ったのがフランツ・フェルディナントです。そうとなると色めき立つのは年頃の王女や公女をもつ親たちです。その中で最もしたたかにチャンスをうかがっていたのは、フリードリヒ大公の妃イザベラでした。彼女はしきりにフランツ・フェルディナントが自分の館に現われるのを見て、自分の娘の1人に気があるのだろうと期待しました。そして、必至に彼に取り入ろうとします。その目はまさに獲物を狙う狩人のようだったとか。

ある日のこと、フランツ・フェルディナントはプレスブルクに近い狩猟館でテニスに興じたあと、うっかり腕時計をはずしたままそこに置き忘れてしまいました。もちろん、この時計はすぐイザベラに届けられます。そして、イザベラはそれを興奮して手に取りました。なぜなら、当時の貴族の間では、心に想う女性の写真を腕時計の裏に忍ばせるという風習があったからです。

「いったい本命はどの娘なのか?」そう思ったイザベラはもういてもたってもいられません。悪いとは知りながら、期待に胸を膨らませて、彼女は時計の裏を除き込んでしまいます。

すると、なんということでしょう!そこにあったのは、自分の娘たちの1人ではなく、イザベラ自身に仕える女官のゾフィー・ホテクだったのです。ゾフィーとはボヘミア出身の田舎伯爵の娘で、若くもないし美人でもなかったそうです。それで、みんなノーマークでした。まさにドンデン返しとはこのことですね。怒ったイザベラは、ゾフィーを即刻追放、ついでにこのことをウィーンの宮廷に密告しました。

ゾフィー・ホテク
ゾフィー・ホテク

ところで、フランツ・フェルディナントはゾフィーのどこに惚れたんでしょうか?彼はこう言っています。「ゾフィーは確かに美しいとは言えない。背も高すぎ、ついでに痩せすぎている。しかし、あの目は輝いている。そして彼女には知性がある。」あのね、こういう女性って、男性の目から見たら美人じゃなくてもきれいものなんですよ。たぶん、精神的にとても安定していた女性だったんじゃないかと思います。

しかしまあ、この身分違いの恋が明るみに出ると、皇室はもうえらい騒ぎになりました。しかしフランツ・フェルディナントとゾフィー・ホテクは引きません。叩かれれば叩かれるほど、逆に結びつきが強くなっていく始末でした。そこで皇帝は切り札を出します。「帝位とゾフィーのどっちをとるか選べ!」と。これに応えてフランツ・フェルディナントは言いました。「両方いただきます!」ハプスブルク家で身分違いの結婚をした人はけっこういますが、ここまで強気に攻めた人は初めてですよ。さすが!

この2人のその後ですが、残念ながら皇室との仲はぎくしゃくしたままで、最後はサラエヴォにて暗殺されてしまいました。しかも、ハプスブルク家の霊廟であるカプチーナー教会に遺体を収めることも許されなかったといいます。

しかし、私はフランツ・フェルディナントとゾフィー・ホテクがウィーンとは別なところで眠っていることを、むしろいいことだったかも知れないと思っています。この2人は今、ドナウ川沿いの田舎町メルク(ウィーンから80km)からさらに川を30kmほど上流に遡ってそこから数km北上たところにあるアルトシュテッテン城でひっそりと永久の眠りについています。ウィーンで歴代の皇帝なんかと一緒に葬られるよりも、こうして2人で仲良く遠いところで眠っているほうが幸せでしょうね。




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