オーストリア散策エピソード > No.155
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作曲者が二転、三転の名曲
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ヨーロッパのクラシック音楽でいちばん見かけがスチャラカした曲といえば、なんといっても「おもちゃの交響曲」でしょう。カッコー笛や水笛を好き放題に鳴らす狼藉ぶりは大らかでいいですね。しかし、そのウケのよさとは裏腹に、この曲を作曲した人は誰なのか、今ひとつハッキリしていません。恥ずかしくて名乗り出ることができなかたんでしょうか?また、この曲のタイトルはドイツ語ですと「Kindersymphonie(子供の交響曲)」といって、「Spielzeugsymphonie(おもちゃの交響曲)」とはいいません。このへんのいい加減さも、まったりしていていいですね。

「おもちゃの交響曲」が出来て間もない頃発売された楽譜には、ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の作曲と記されていたそうです。この人はハンガリー系の名門貴族エスターハージー家に仕えていた音楽家で、オーストリア=ハンガリー帝国の初の国歌(正確には皇帝賛歌)を作曲した名誉ある人物でもあります。で、ヨーゼフ・ハイドンから「おもちゃの交響曲」の作曲者にされたことについて苦情が出たという話しは見当たりませんでした。ということは、少なくてもこの曲を作ったことが恥になるということはなかったのですね。

しかし、ヨーゼフ・ハイドン説には当初からどうも「ホントか?」という嫌疑がかかっていたのだとか。当人にしてはちょっと素朴で田舎っぽいんじゃないかと思われていたのです。そんな折、ドナウ川沿いのメルク修道院で、ミヒャエル・ハイドン(1736-1806)の作品と称する「おもちゃの交響曲」の原稿が発見されました。ミヒャエル・ハイドンはヨーゼフ・ハイドンの弟で、長いことザルツブルクの聖堂オルガニストをしていた人であり、作曲家としても有名でした。東アルプスのザルツブルクなら、木製のおもちゃをふんだんに使った曲が作られてもなんとなく納得できそうですね。

ところが、1951年になるとエルンスト・フリッツ・シュミットという音楽研究家がミュンヘンの国立図書館で、モーツァルトの父レオポルト(1719-1787)が作曲した「カッサシオン」の楽譜を発見。その7つの曲のうち3つはほとんど「おもちゃの交響曲」そのものだったといいます。ご参考までに、その曲と思しきものをYoutubeで検索したら下記の作品が出てきました。3分50秒以降がお馴染みのメロディーになっています。



このレオポルト・モーツァルト説は当時大変にウケたもようですが、もし本当に作曲したのなら、個人的には「ウケたのではく、コケたのでは?」という気もしています。というのも、この人はヴォルフガング・モーツァルトの親姉妹の中で唯一の「ウンコ好きじゃなかった堅物」であり、しかも大変に厳格な父親で、子供のための愉快な交響曲を作るといったイメージから程遠いからです。例えていうなら、「巨人の星」の星一徹が「ほんだら節」を作曲するのと同じくらいのインパクトを感じますが。    

レオポルト・モーツァルト説はそのあと、41年間も敵なしでした。しかし、1992年には新たな下手人が登場、事態はさらに一転します。チロルのシュタムス修道院でシュテファン・パルセッリ(1748年-1805年)という神父さんが、1770年ごろの作曲と記された「ベルヒトルツガーデン音楽」の楽譜を発見、その楽譜はまさに「おもちゃの交響曲」そのものだったのです。そして、その作曲者として記録されていたのは、チロルのザンクト・ヨハン出身のエトムント・アンゲラー(1740-1794)という神父さんでした。この人は小学校の先生の家庭に生まれ、父から音楽の教育を受けてチロルの中では有力なハル・イン・チロルの児童合唱団に入団。そしてのちには同じくチロルのフィーヒトという町の修道院に修道士として入り、そこで音楽指導やオルガン奏者をするとともに、教会音楽や音楽劇の作曲も数多くしていました。この人なら、「おもちゃの交響曲」を作曲と聞いてもなんだか自然に受け入れられそうですね。

エトムント・アンゲラー
エトムント・アンゲラー
アンゲラーの楽譜
アンゲラーの楽譜

ちなみに、ベルヒトルツガーデン(現名はベルヒテスガーデン)というのはチロルに近い独バイエルンの町で、18世紀当時から木製のおもちゃの名産地として有名でした。そして「ベルヒトルツガーデン音楽」の楽譜には、わざわざ「おもちゃはベルヒトルツ製を使うこと」という記載が・・・。で、私はふと思ったのですが、もしも事の真相が、(1)ベルヒテスガーデンのおもちゃ業団体がコマーシャル用の作曲を依頼→(2)これを巨匠ヨーゼフ・ハイドンの作曲にすり替えて、全欧州に大々的なおもちゃの宣伝を画策→(3)「おもちゃの交響曲」の大ウケにヨーゼフ・ハイドンはまんざらでもなくてアッハッハ→(4)だんだん化けの皮は剥がれてきたけれど、すでにおもちゃの売り上げは十分増えてベルヒテスガーデンのみなさんはウッシッシ→(5)本当の作曲者は自分から名乗り出ない奥ゆかしい人だったという美談に地元のチロルの人たちもウヒョウヒョ、というストーリーだったらとても楽しそうですね。

それにしても、東のウィーンに近いアイゼンシュタット(ヨーゼフ・ハイドン)→メルク(ミヒャエル・ハイドンの楽譜の発見地)→ザルツブルク(レオポルト・モーツァルト)→チロル(エドムント・アンゲラー)と、「おもちゃの交響曲」に関わり合いのある町はどんどん西の山奥に後退。しかも、どんな新説が出ても場所がオーストリアの中というところは微笑ましいですね。さらに、作曲の候補者も少しづつ知名度がダウン。この調子ならいつの日か、ボーデン湖に近いアールベルク山地の奥の羊飼いにまでたどり着くことだって夢じゃないかも知れませんよ。私個人はエトムント・アンゲラー説を支持しているのですが、この先新たにどんな発見が飛び出してくるのやらということも、実はこっそり楽しみにしています。

どんどん西に進む「おもちゃの交響曲」の発祥の推定地
オーストリア地図


◆参考資料:
Wikipedia - Kindersymphonie
http://de.wikipedia.org/wiki/Kindersinfonie
Wikipedia - おもちゃの交響曲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%82%82%E3%81%A1%E3%82%83%E3%81%AE%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2
カッサシオン ト長調 「キンダージンフォニー」 - クラシック音楽の小窓
http://blogari.zaq.ne.jp/Kazemachi/category/15/
ハイドン兄弟は『おもちゃの交響曲』の作曲者か? - ミステリー「おもちゃの交響曲」
http://www.music-tel.com/maestro/Kindersymphonie/2.html
EDMUND ANGERER - KOMPONIST DER WELTBERUHMTEN KINDERSINFONIE - ザンクト・ヨハン博物館文化協会
http://www.museum1.at/index.php?id=2#c22
Wikipedia - Edmund Angerer
http://de.wikipedia.org/wiki/Edmund_Angerer

◆画像元:
EDMUND ANGERER - KOMPONIST DER WELTBERUHMTEN KINDERSINFONIE - ザンクト・ヨハン博物館文化協会
http://www.museum1.at/index.php?id=2#c22



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