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米国の通貨である「ドル（dollar）」の語源は、「山間の谷」を意味する古い英語の「デイル（dale）」とつながっています。しかし、この組み合わせはいかにも奇妙ですね。実をいうとその背景には、ハプスブルク帝国が一枚噛んでいたんですよ。
オーストリアの歴史をたどると、15世紀の皇帝マクシミリアン1世の借金や18世紀のモーツァルトの年俸から20世紀のルドルフ皇太子の出費までが幅広く、「グルデン（Gulden）」という貨幣単位で表されています。このGuldenというのは「金」を意味する「ゴルト（Gold）」が語源で、元々は1252年にフィレンツェで初めて鋳造された金貨でした。下の写真はその89年後にドイツで鋳造されたグルデン金貨ですが、百合のマークがついているのはフィレンツェの紋章の名残りなのかも知れませんね。もっとも、この時点ではハプスブルク帝国と米ドルの縁は影も形もまだありませんが。
■1341年に独リューベックで鋳造されたグルデン貨幣
さて、15世紀に入るとオーストリアのチロルにあるシュヴァーツという町でとても大きな銀山が開発され、1477年にはチロル伯のジギスムントがその近くのハル・イン・チロルという町に銀貨の鋳造所を作りました。そして1486年からここで重さ1オンスの大きな銀貨が作られます。この銀貨はとても上質なことから、当時の欧州で基軸通貨のような役目を果たしていたグルデン金貨と対等に交換でき、「グルデングロッシェン」という異名をもっていました。そしてチロルの1オンス銀貨はオーストリアだけでなく、ドイツ、オランダ、北イタリアなどにも流通。さらにはスペイン系ハプスブルク家のカール5世の頃の「日の沈まない帝国」の時代には、海を渡って北米大陸にも流れてゆきました。さあ、これでオーストリアとアメリカがつながってきましたね。しかしドルの歴史にはもうひとひねりがあります。
チロルで生まれた必殺の1オンス銀貨は、その後ボヘミアでも作られることになりました。ボヘミア王国の「ヤヒモフ（Jachymov＝チェコ名）」という町で銀山が開発され、シュリック伯爵がそこで1519年から1528年にチロルと同じ大きさの上質な銀貨を鋳造したのです。そしてその銀貨は、ヤヒモフのドイツ語名である「ヤヒモスタール（Jachimsthal＝聖ヤヒモフの谷）」に因んで、「ヤヒモスターラー（Jachimosthaler）」と呼ばれました。が、人々は手抜きをして、この銀貨のことを単に「ターラー（当初はThaler、のちにTaler）」と呼びました。で、さらにひどいことに、ヤヒモスタール以外で鋳造された銀貨もついでに「ターラー」でひとまとめにされてしまいました。
■ヤヒムスタールで鋳造された銀貨
余談ですけど、マクドナルドのことを東日本では「マック」といい、関西では「マクド」といいますが、昔のボヘミアやオーストリアの人だったらきっと「ナルド」と呼んだことでしょうね。なんだか非常に違和感のある縮め方ではありますが。
それはさておき、以上のような経緯からチロルやウィーンで鋳造された銀貨も「ターラー」と呼ばれることになりました。特に有名なターラーとしては、下の写真にある「マリア・テレジア・ターラー」（1780年）があります。そして、こうしたオーストリア銀貨を手にしたアメリカの人々は、「我が国もターラーのように上質な通貨を持ちたいものだ」と願い、自国の通貨に「ターラー」を語源とする「ダラー（dollar）」という呼び名をつけました。今の世界の基軸通貨の語源が実はボヘミアの田舎の地名の語尾だったというのはけっこう笑えますが。
■マリア・テレジア・ターラー
もしも米国のみなさんが「ターラー」の語源は「山間の谷の」という意味にすぎないことを知っていたら、たぶん自国の通貨にはフィレンツェに起源をもち「金」を意味していた「グルデン」という名称を採用していたことでしょうね。ちなみに、のちの欧州にはその「グルデン」を自国通貨の名称にしっかり採用した国があります。それはユーロ導入前まで「ギルダー」という通貨をもっていたオランダです。
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