オーストリア散策エピソードNo.001-050 > No.010
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オーストリアとオリエント言語の意外な関係
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今日はちょっと寄り道をしてプラハのおはなしから。もちろん、最後の部分はオーストリアに関係したお話しでまとめるつもりです。だいぶ強引なストーリーにしなければ無理ですが。

昔、プラハのナ・ボジーナという地区に、妙なお化けが現れたという言い伝えがあります。なんでも、火のかたまりのようではっきりした形のないお化けだったとか。何が原因でこういう姿になったのかわかりませんが、とにかくこのお化けが出ると、どんなに勇敢な人でも思わず一目散に逃げ出したといいます。

ところがある日、このお化けに対してマトモに相手をする人が現れます。いつもよりたくさんの酒を飲んで景気よく酔っ払った、靴屋のマチェイという男です。まあ、酔っ払いでもなければ、そんな酔狂はいないでしょうけど。マチェイはまるで友人にでも話しかける調子で、この火のお化けに声をかけます。お化けは初めて人間のともだちができたことを嬉しく思い、親切にマチェイを家まで送ってあげました。

別れ際、マチェイは火のお化けに言います。「君の人生はつまらないだろうね。家もないし、家族もない。ただ街をうろついて人を驚かすしかすることがないんだから。」お化けは素直に答えました。「そうさ。ぼくがビールを飲むと自分の体の火が消えるし、新聞を読もうとしても手の中で燃えてしまうからね。」

これを聞いて靴屋のマチェイは火のお化けに大変同情し、最後に古いチェコ語で優しく別れの挨拶を言いました。するとどうでしょう、お化けは一瞬パッと燃えて消え、あとにはわずかな灰が残りました。やっと念願の成仏を果たしたのです。

この古い別れのあいさつとは、「主とともにあれ」ということばでした。そして、これが偶然にもお化けを成仏させる祈りのことばとなったのです。

実はこのことば、ちょっと古風なドイツ語にも存在します。それは「Ade(アデ)」ということばです。このことばを分解すると、Aは英語のtoとかatを意味し、deはラテン語で神を意味するdeusが語源になっています。また、今のスペイン語でさようならを意味するAdios(アディオス)やフランス語のAdieu(アデュー)も同じ語源です。ヨーロッパのことばは深いところでつながっているんですね。

さて、このことばのつながりは意外なところにも広がります。そのひとつは、オーストリアの代表的な挨拶ことばである「Gruess Gott(発音はリュース ゴットではなく、リュース ゴット)」です。Gruessは挨拶、Gottは神という意味なのですが、なんとインドのサンスクリット語の挨拶も、これと全く同じ語源の単語からできていたんですよ!

言語学を勉強した経験のある方ならご存知でしょうけど、サンスクリット語とドイツ語は、フランス語や英語やロシア語と同じ「インド=ヨーロッパ語族」に属する言語です。そして一般説によると、これらの言語の前身には「印欧祖語」があったとされています。文字のない頃の言語ですから、文献は残っていませんが。

ついでながら、文献の残っている最古のインド=ヨーロッパ語族の人々といえば、古代オリエントの世界に突然現れて大帝国を築き、ある日突然消えていったという謎の民族・ヒッタイトがあります。チェコ出身でウィーンとベルリンに学んだ言語学者、フロズニ(1879−1952)はイスタンブールの博物館でそのヒッタイトのことばが書かれた楔形文字の粘土板(下の図)を見つけ、これを丹念に調べました。そして、彼はヒッタイト語の「ezziaatteni(下の楔形文字の右上の6つの文字)」が「食べる」で、「waatar(下の図の左下の4文字)」は「水」と考え、その文章全体を「さて、あなたがたはパンを食べ、水を飲む」と解読しています。で、古いドイツ語で「食べる」は「ezzan」、「水」は「watar」といいましたから、ここにヒッタイトがインド=ヨーロッパ語族の一員だとわかったわけです。時は1910年代。実に20世紀になってやっと判明したこのニュースは、当時大きなセンセーションを巻き起こしたといいます。しかし、古代のインドやオリエントの人々の話すことばが今のオーストリアの人々の話すドイツ語とつながっていたって、ちょっと面白いと思いませんか?

楔形文字


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