オーストリア散策シシー > アラカルトNo.14
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シシー、吸血鬼になる?



シシーは身長172cmで体重50kg、ウエスト50cmという超痩身を維持するために必殺のダイエットを続けていたのですが、そのやり方にはかなり無茶なところがありました。健康を害するだけではなく、ヘタをしたらデブデブのリスクさえあったのです。

特に危ないのは食事でした。たとえばシシーは1日をミルク数杯かオレンジ6個だけで過ごすとがよくあったといいます。しかし、「独身女医の節約ダイエット生活」というサイトによると、単品ダイエットというのは摂食障害の原因になりかねなくて最悪なのだとか。実際、シシーはしっかりその摂食障害に陥っていますね。言わんこっちゃありません。また、炭水化物抜きのダイエットというのは脳の働きを鈍くして、これまた精神の安定にはよくないといいます。たたでさえウィーンの宮廷はシシーにとってストレスが多かったんですから、せめて食事だけでもマトモにしておかないと...。

ついでながら、人が1日を過ごすのに必要なカロリーは、それなりに運動をする人なら「35キロカロリー×体重」といいますから、シシーの場合は1,750キロカロリーが必要ということになります。が、しばしばミルクやオレンジをわずかに取るだけという食事でこのカロリーを確保するのはムリですね。しかしご安心を。シシーはときどきダイエットの一方で、知ってか知らずかカロリー満点のものをけっこう食べてましたから。

そのカロリー満点食とは、お菓子やアイスクリームです。例えばシシーはスミレのアイスクリームやシャーベットが大好きだったうえ、ケーキを夕食代わりにすることもあったといいます。これ、ちょっとでも運動を怠ける癖がついてたらデブデブ間違いなしですよ。ホントにカロリーを減らすのなら、スミレの花だけを食べなくちゃいけません。

また、シシーは宮廷料理人たちの作る食事を拒否する一方で、ルンペンマイヤー(日本語でいうなら乞食野郎亭)という店からこっそりジャンクフードのビスケットやラスクを取り寄せていて、時には自分からその店に出向くこともあったといいます。敢えてこういうビンボー臭い名の店を贔屓にするところには、宮廷に対するアテツケもありそうですね。また、ラスクといえば一般には甘みもなにもない乾パンというイメージがありますけど、たとえばシシーの好きだった「ライヒェナウ風ラスク」などは、砂糖250g、卵4個、小麦粉250gで作るデブデブものでした。さらにもうひとつシシーのお気に入りだった「シャンパーニュ風ビスケット」に至っては、砂糖250g、バター60g、でんぷん90gで作るという極デブものです。おまけに、当時は一般の家庭に圧搾機がなかったことから普通のバターは水っぽかったのですが、シシーはその水をよく搾り出した脂肪82%の「肥満パワー全開バター」を所望していました。これに加えて、ダイエットでは早食いが禁物といいますけど、シシーの食事はせいぜい20分にすぎませんでした。こりゃかなりひどい食生活ですね。

こうした食事の数々から考えるに、もしあの必殺美容運動をしてなかったらシシーはマリア・テレジア(←ケーキの食べすぎでひどいことになってます)も顔負けの相撲取りみたいになっていたかも知れませんよ。というより、この食事であの体型を保ったところは奇跡とさえいえます。

余談ですが、当時の宮廷の晩餐会では皇帝夫妻がナイフとフォークをとるまで他の貴族たちが食事を始めるのはダメで、しかも皇帝夫妻が食べ終わったら来賓も食事を打ち止めにするという決まりがありました。ところがシシーはよく遅れて席に着いた上に摂食拒否や早食いなどをしますから、他の人々は腹ペコのまま晩餐会を終えなくてはなりませんでした。これは昔から食意地の張ったウィーンの人々にとってずいぶん応えたでしょうね。おかげで宮廷の晩餐会のあとには、付近のレストランがずいぶん繁盛したといいます。

なお、旅に出たときのシシーは気分のリラックスもあってそれなりに食事をよくとることがあったといいます。でも、ウィーンに戻るとまたムチャクチャなダイエット食の繰り返しでした。果物だけのジュースダイエットの日もあれば、ミルクに酸を入れたときタンパク質が白く固まってできたものを清乳と呼んでこれを食事にしていたこともあります。しかし、この清乳はミルクに含まれるカルシウムが欠如しているため、シシーは32歳のとき早くも骨粗鬆症気味になってしまいました。このほか、偏った食事によってリュウマチ性関節炎と坐骨神経痛も発症。さらに生活も不規則だったことから貧血と便秘にもなり、ついでに足のむくみも起こっています。が、聞くところによると姑のゾフィー大公女はシシーのウエスト50cmを細すぎと言ってカンカンだったそうですから、シシーとしては是非ともその超痩身術にいちだんと磨きをかけたかったところでしょう。こうなってくるともう意地ですね。

そんなわけで、シシーは夫の心配さえ無視してもっと凄いメニューにも突っ走っています。1867年のある日のこと、シシーが新作のダイエットジュースを飲んでいたところ、いっしょに食事をしていたフランツ・ヨーゼフは「何それ?」と訝しげに訊きました。するとシシーは「子牛の腿の血ですの」とお答え。これを聞いてフランツ・ヨーゼフは思わず「オエーッ!」となってしまったのだとか。なんだかドラキュラみたいですね。ここまで来ると、体に悪いのを通り越して不気味ですよ。何事にも徹底するシシーらしいといえばそれまでですが、みなさん、絶対にマネなんかしませんように!

◆参考資料:
ハプスブルク家の食卓 - ケーキとダイエットの間で 皇妃エリザベト
関根淳子著、集英社
麗しの皇后エリザベト - 穏やかな和合

ジャン・デカール著、三保元訳、中公文庫
独身女医の節約ダイエット生活
http://setuyakudiet.com/

P.S. シシーの好物だったお菓子やアイスのレシピーは上記の「ハプスブルク家の食卓」の第3章に出ています。興味のある方はその本をご一読ください。





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