オーストリア散策シシー > アラカルトNo.10
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エリザベートの愛称はなぜシシー?
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エリザベートの愛称が「シシー」というのは、なんだか全然脈絡がなくて、とても不思議ですね。それもそのはず、どうやら「シシー」という愛称は元々一般的なものではなく、エリザベートを震源地に始った勃発的な名前のようですよ。そしてこの謎を解く鍵は、実をいうと大変他愛もないところにありました。

まず、ドイツ語圏でエリザベートという女の子につけられる一般的な愛称は「Lisa」というそうです。また、シシーの生まれた南ドイツのバイエルンやオーストリアでは、語尾に「-i」をつけて「可愛らしい」という感じの意味合いにすることもあります。したがって、当初シシーの両親はエリザベートにLisaから派生したLisi(リシー)という愛称をつけるつもりだったのではないかと考えられます。

が、ここでひとつ面白いことが。それは、ドイツ語の筆記体では大文字のSとLがちょっとよく似ているということです。下の画像は私が独文科の学生の頃に習った筆記体です。Sの文字は英語の筆記体と全然違うでしょ。

大文字のS 大文字のL
大文字のS 大文字のL

この筆記体でSisiと書くと以下のような綴りになります。

筆記体のSisi

しかし、上記のSとiの間を切らないで書くと、下の左側の画像の青い線で示した部分が加わって、ほとんど右側のLisiと区別がつかなくなってしまいます。つまり、元々は「リシー」という愛称になるはずだったのが、何かの拍子で「シシー」に歪曲されてしまったようなのです。陽気な父のマクシミリアン・ヨーゼフ公がシャレでLをSに変えたのか、それとも幼い頃のエリザベートはLはイヤだとダダをこねたのかは知りませんが、この説が本当ならかなりいい加減ですね。

SとiをつなげたSisi 筆記体のLisi
Sissiの綴り1 Sissiの綴り2

念のため、シシー本人のサインをご覧にいれておきましょうね。そのサインは下の画像のとおりです。この時点でエリザベートは自分をLisiではなくSisiと認識した綴りにしているようですが、やっぱりLisiと紛らわしいことには変わりないでしょ。

シシーのサイン

ちなみに、会社でミュンヘン出身の方に訊いたところ、今でも南ドイツやオーストリアではエリザベートという名の女の子を「シシー」という愛称で呼ぶことが広く普及しているのですが、北ドイツでは専ら「リーザ」という愛称だけが使われているんだそうですよ。シシーという名はエリザベート皇后が自分の故郷と嫁ぎ先に残したおみやげでもあったんですね。

ところで、日本ではエリザベートの愛称について「シシー」、「シシィ」、「シシ」、「ジジ」といった具合でいろんなのがありますが、ホントはどれが正解だと思いますか?これ、ドイツ語の標準語でSisiを発音すれば「ジジ(正確にはズィズィ)」が正解ということになります。しかし、エリザベートの故郷のバイエルンやオーストリアの発音ではSの音が濁りませんから、「シシ(正確にはスィスィ)」も間違いではありません。でも、「ジジ」というと爺さんみたいだし、「シシ」というと獅子みたいになるので、私はもっと女性的なイメージを出すためにわざと「シシー」と書いています。「シシィ」と書く人も意図は同じかと思いますが。

それと、「シシー」という名の綴りはドイツ語でも「Sisi」と「Sissi」の2通りがあります。シシー自身が最初に使ったスペルはSisiでしたから、本来ならSissiのほうは偽物ということになります。にもかかわらず、私は遭えてSissiという綴りのほうを使っていますけどね。その理由は、シシーが叔母に宛てた手紙で「Siβi」というスペルを使ったことに注目したからです。ドイツ語のβはベータではなくエスツェットと呼ばれる特殊なアルファベットで、その発音は濁らないSです。つまり、この手紙のサインには「ジジと濁らずシシと発音してほしい」というエリザベートの願いが込められていた可能性があるのです。よって、Sissiと書くほうがエリザベートの願いに叶っているような気がするのですが。

ちなみに、ドイツ語のβは(特殊文字の打てるタイプライターがないときなどに)ssという綴りで代用することもできます。つまり、SissiというのはSiβiから派生した綴りというのが事実なのでしょう。

それにしてもこの人、Lisiという愛称を拒否してSisiという名で通すとか、勝手にSisiをSiβiに変えてしまうなど、けっこう気まぐれなところがありますね。何事につけ束縛はイヤだったようすが、愛称にもよく現われています。

■参考資料
LisiのつもりだったのがSisiと誤読された説: Wikipedia - Elisabeth (Oesterreich-Ungarn)
http://de.wikipedia.org/wiki/Elisabeth_(%C3%96sterreich-Ungarn)
<念のためLisi→Sisi説の原文を以下にご引用しておきます>
Elisabeth Eugenia Amalie, genannt Sisi (nicht Sissi, wie sie in den Sissi-Filmen und -Romanen benannt wurde; es wurde auch schon vermutet, dass sie selber sich in ihren Schriften Lisi nannte, und das falsch als Sisi gelesen wurde)

P.S. 上記の愛称の起源説をさらに調べてみたら、イギリスでもシシーという愛称が存在していたとわかりました。それで、勤め先の欧米人社員や現地法人の関係者にいろいろ確認をとったところ、「シシーという愛称はエリザベート皇后の前から存在はしていたらしい」という結論に至りました。ただ、英国の場合もどうやら起源は筆記体の読み間違えのようです。また、英語にはシシーと同じ発音の単語にイメージのよくない「sissy(いくじなし)」というのがあるため、米国や英国ではElisabethという子をシシーという愛称で呼ぶことはほとんどないそうです。(2005/5/25 01:22)



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