私の知っているオーストリアの古城ホテルの中に、シングルがわずか1泊32ユーロ（2005年の料金）からというところがあります。日本円にすれば5,000円でおつりがきますね。もちろんこれは一番安い値段の例ですが、通常のツインでも2人で116ユーロ（2005年の料金）ですから、やっぱり城館ホテルとしては破格だと思います。しかもこのホテル、戦後の一時期を除けば別にボロというワケじゃありませんよ。それどころか、ヘタな古城よりもずっといろんな歴史があります。

そのホテルとは、上の写真にあるツヴェットル（Zwettl）近郊のローゼナウ城（Schloβ Rosenau）です。ツヴェットルというのはウィーンの北西部に大きく広がる「森林地区（Waldviertel)」にある人口1万4千人ほどの町で、このあたりにはその昔クエリンガー（Kueringer）というオーストリアではけっこう名の通った豪族が住んでいました。

ローゼナウ城はまず建築家のグライス兄弟によって1593年〜1604年（資料によって数年程度のブレもありますが）にルネッサンス様式の城として建設され、文献に初登場したのは1599年だったといいます。また、上の写真の正面にある塔（中には聖堂があります）はこの城のできた当初からのものなんだそうです。

その後、1736年〜1747年にはシャラーベルクの伯爵レオポルト（1712-1800）が城主となり、大建築家ムッゲンアストに命じてローゼナウ城をバロック風に改築。で、そのとき城内の聖堂（下の左の写真）はソロモンの神殿をイメージしたものにしたんだそうです。しかし、なんでそんなことをしたのでしょう？これ、実をいうとレオポルトがフリーメーソンの熱心な活動家だったからなんですよ。そしてこの人の時代、ローゼナウ城はオーストリアのフリーメーソンのロッジとして使われるようになりました。その名残りとして、今日のローゼナウ城は下の右側の写真にあるフリーメーソン博物館というのも併設しています。すごい古城ホテルでしょ。

さて、19世紀になるとこの城は意外な人の手に渡ります。その新しい所有者とは、下の写真にあるゲオルク・フォン・シェネラー（1842-1921）です。シェネラーというのはかなり強烈なドイツ民族主義者で、のちのヒトラーに影響を与えた反ユダヤ、反ハプスブルク思想の持ち主でもあります。

シェーネラーの足跡は今でもこの城の近くに残っています。それは下の写真にある変な塔です。これ、プロイセンを中心としたドイツ帝国のビスマルクを讃えてシェーネラーが建立したもので、その名もズバリ「ビスマルク塔」といいます。で、この塔のてっぺんでは毎年オリンピックみたいに火が灯されていたのですが、私がネットで調べたところによると、その祭典は今でもしつこく続いているようですよ。

フリーメーソンのロッジからドイツ民族主義者の居城（ウィーン生まれのシェーネラーはこの城で息をひきとりました）を経て、ローゼナウ城にはもう一度大きな波乱がありました。それは1945年のことです。第二次世界大戦後にオーストリアは米、ソ、仏、英の占領下となったのですが、この城のあるニーダーエスタライヒ州を占領したのは連合国の中でもっともガラの悪いソ連軍でした。で、当時のソ連軍というのは物を分捕ることしか考えていませんでしたから、ローゼナウ城も荒れ放題。とうとう持ち主はこの城を売りに出さざるを得なくなりました。

しかし、世の中は捨てたものばかりではありません。1972年にはアントン・ヴァイセンホーファーがこの城を購入して再びマトモな城館に改築、1974年からめでたくホテルとセミナーハウスを開業しました。また、1975年（1976年というはなしもあります）にはオーストリアのフリーメーソンから大協力を受けて館内に「フリーメーソン博物館」も完成。さらにほかにもいろいろと定期的な催し物が行われるようになり、今のローゼナウ城はツヴェットル界隈の一大文化センターという地位を占めるようになりました。

ちなみに、現在のローゼナウ城の中は下の3つの写真のようになっています。何も知らずに訪れたら、まるで最初からずっと裕福な貴族の城館として平和な時代を経てきたように見えますね。

なお、オーストリアにはこのほかに古城を利用したユースホステルというのもありますよ。それはシュタイアーマルク州の山奥にあるローテルシュタイン城です。後日、この城のこともご紹介しましょうね。