オーストリア散策エピソード > No.146
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ザルツブルクの象ホテルの謎
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ホテル・エレファント
ホテル・エレファント(ザルツブルク)

ザルツブルク大聖堂にほど近いジークムント=ハフナー通りには、ホテル・エレファント(Hotel Elefant)という名前のクラシックなホテルがあります。このホテル、前身の料理屋時代も含めると700年以上の歴史がある老舗なんですよ。しかし、オーストリアで「エレファント」とは実に奇妙な名前ですね。もしかしたら、「エレガント」にするつもりだったのが1字間違って「エレファント」になったのでしょうか?いえいえ、そんなことはありません。なぜなら、ホテルの中にはしっかりと象の像が立っていますから。これは本気かつ最初からそのつもりで「エレファント」と銘名されたホテルなのです。でも、どうしてそこまで象に気合いが入っていたのかという点は、謎といえばかなり謎です。    

そこでいろいろ調べてみたところ、このホテルが「エレファント」と名乗るようになったのは16世紀の中ごろだったことが判明しました。なんでも、ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世(1527-1576)が象を連れてザルツブルクを訪れ、その光景がこのホテルの窓からよく見えたのだとか。そして、ザルツブルクの人々が初めて見た象は大人気を博し、それにあやかって店の看板に「エレファント」を掲げる人が増加。で、そこから400年以上経った今日でもしぶとくその看板を守り続けているのが今の「ホテル・エレファント」なのです。    

ちなみに、この象は皇帝カール5世と皇后イザベラ(ポルトガル王家出身)の娘であるファナから国交のためマクシミリアン2世に贈られた一頭で、名前はソリマン(Soliman、1540インド生まれ-1553ウィーン没)といいました。そして、リスボンの港からマドリッドに移送されたソリマンは、1551年から1552年にかけてイベリア半島、北イタリア、南チロル、インスブルックを経てはるばるウィーンの宮廷へ向かい、その途中でザルツブルクにも寄りました。つまり、そこらの野良象ではなかったのです。

象のソリマン
ホテル・エレファントに由縁ある象のソリマン

ついでなのでソリマンの通った道をもっと調べてみたところ、ザルツブルクのほかでは、現イタリア領である南チロルのアウアー(Auer)とブリクセン(Brixen)で、16世紀中頃から「エレファント」を名乗り続けているホテルが現存していました。一方、インスブルック、リンツ、ウィーンには象を名乗るホテルなどまったく見当たらず。つい19世紀初頭までローマ教皇領だった町と第一次世界大戦のあと外国領になってしまった町にだけ「ホテル・エレファント」があるというのは不思議な偶然ですね。    

ザルツブルクのホテル・エレファント    
アウアーのホテル・エレファント    
ブリクセンのホテル・エレファント    

ところで、ここまでのお話しですとオーストリア名物のトホホが出てきませんね。しかし、ご心配なく!ソリマンのお話しにはちゃんと「あらら〜」と思えるオチがありますから。そのヒントは、せっかくマクシミリアン2世の象が「ソリマン」という名前をもっていたのに、なんでザルツブルクでも南チロルでもホテルオーナーが単なる「エレファント」を名乗ったのか、という謎にあります。    

実をいうと、「ソリマン」というのは「スレイマン」を仏語や独語で表した名前だったんです。そして、マクシミリアン2世は1529年にオスマントルコのスレイマン大帝からウィーン大包囲をお見舞いされたことがかなり頭に来ていました。だから自分のペットにスレイマン大帝の名前がついてるところにはちょっと「ウヒョヒョ」の気分も。もちろん、象はちゃんと可愛っていましたけど。でも、そんなわけで当時のホテルに「ソリマン」という看板を掲げることは、冷戦時代のアメリカで「ホテル・スターリン」や「ホテル・フルシチョフ」を開業するのと同じくらい間抜けなことだったのです。もしもソリマンがもう少しマトモな名前をもらっていたら、ザルツブルクや南チロルの「ホテル・エレファント」は違う名前になっていたでしょうね。    

余談ですが、ソリマンが亡くなったあと、人々はその骨で椅子を作ったそうです。しかし、その椅子はのちにもっと芸術的な手が加えられ、そのうちにどこへ行ったのかよく分からなくなったのだとか。で、どうも今はクレムスミュンスター修道院のコレクションの中に紛れ込んでいるという説があります。これはけっこう無責任な話しですが、たとえ椅子に姿を変えているとはいえ、ホテル・エレファントに由縁の象が今でもオーストリアのどこかにいると聞くと、ちょっと探しに出かけたくなるかも・・・。

◆参考資料:
Wikipedia - Soliman le Magnifique
http://fr.wikipedia.org/wiki/Soliman_le_Magnifique
Wikipedia - Soliman (Elefant)
http://de.wikipedia.org/wiki/Soliman_(Elefant)
ECHO - Ein wunderlich Getier
http://www.echoonline.at/echo/tirol/kultur.php?we_objectID=3314
Wikipedia - Maximilian II
http://de.wikipedia.org/wiki/Maximilian_II._%28HRR%29
Suedtirol.com - Hotel Elefant, Auer, Suedtirol
http://www.suedtirol.com/dta/accommodation/?acco=9525



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