オーストリア散策エピソード > No.137
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オーストリアの都市の紋章 その1



オーストリアの各都市の紋章には、その町の歴史を露骨に表現したものもあれば、ごくさりげなく表現しているものもあり、中には嘘八百としか言いようのないインチキなのまであります。今日はそうした「紋章見学シリーズ」の第1回目として、どことなくトホホなイメージの漂う名作と迷作を9つお目にかけましょう。

まず、ペテン版といえば、オーストリアの西端にあるフォアアールベルク州のドルンビルン(Dornbirn)という町の紋章が挙げられます。下の画像を見ると、1本の木に瓢箪みたいなマークが5つついていますね。これは西洋梨です。で、なんでこういうことになったかというと、この町の名の後半部の「ビルン(-birn)」がドイツ語で「梨」を意味する「ビルネ(Birne)」と似ているからです。しかし、残念ながら「ビルン」と「ビルネ」は別物です。ドルンビルンという地名の語源は「トリン プイロン(torrin puirron)」といって、これは昔「トロ(Torro)」という名の人をはじめとするアレマン系ドイツ人の皆さんが「定住(puirron)」していた場所という意味です。つまり、ドルンビルンの「ビルン」は puirron(定住)が訛ってたまたまドイツ語の「梨」と似た発音になっただけなのです。現地の人たちが梨のマークをつけたのはギャグだったんでしょうか?それとも、単なる大ボケの結果に過ぎないのか・・・。

ドルンビルンの紋章
ドルンビルンの紋章

嘘つきという点では、イン川を隔ててドイツとの国境スレスレにあるブラウナウ・アム・イン(Braunau am Inn)もなかなかのものです。下の画像がその町の紋章なのですが、図の右上にある青と白も盾は時々ハプスブルク家と喧嘩することもあったバイエルン王国の紋章ですよ。そして図の左上にある黒鷲はドイツのプファルツ侯の紋章を拝借してきたものなのだとか。で、その下にあるのは生命力を意味する菩提樹です。つまりブラウナウ・アム・インの紋章は「バイエルン王やプファルツ侯の庇護を受けて伸びてゆく町」ということを暗に訴えているといえるのです。そして奇しくもこの町は、オーストリアに生まれながらオーストリアの徴兵を逃れ、なぜか行った先のドイツ・バイエルンでは逆に志願兵となった有名人の出身地でもあります。その有名人とは、アドルフ・ヒトラーです。これも町の紋章との巡り合わせだったんでしょうか。

ブラウナウ・アム・インの紋章
ブラウナウ・アム・インの紋章

一方、オーストリアにはインチキをしてもよさそうなのにそうでない町もあります。それはケルンテン州の山奥にあるグルク(Gurk)という町です。ドイツ語でグルクといえば、「きゅうり」を意味する「グルケ(Gurke)」に発音がよく似ているのですが、下の画像にあるとおり、この町の紋章は立派な聖堂と天秤です。そして、グルクはオーストリアでも最古級にあたる司教区が創設された(1072年)という由緒ある町なんですよ。なお、グルクの語源は「うがい」や「喉をゴロゴロ鳴らすこと」を意味する「グルゲン(gulgen)」だという説があるのですが、これはどうも怪しいです。個人的には、全然違う意味の古代ケルト語が訛ったのではなかと思っていますが。せっかく紋章は正直なのに、地名の語源はインチキっぽいですね。

グルクの紋章
グルクの紋章

また、それほどひどいホラではないのですが、ちょっと不思議なのはオーストリア南東部にあるシュタイアーマルク州の州都・グラーツの紋章です。下の画像の中央にある白い動物はなんだかわかりますか?これは豹なんですよ。で、なんでこんな動物が描いてあるのかと考えたのですが、ハプスブルク家の前にオーストリアを治めていたバーベンベルク家の英雄レオポルト5世(Leopold V)の象徴という可能性がありそうですね。「レオポルト」はドイツ語で豹を意味する「レオパルト(Leopard)」に発音が似ていますから。もっとも、いくらレオポルト5世が勇敢な人だったとはいえ、豹が火を噴いているところはやや大袈裟という気もしますが。

グラーツの紋章
グラーツの紋章

ちなみに、グラーツから北に列車で30分ほど行ったところには「 ムーア川の橋」を意味するブルック・アン・デアムーア(Bruck an der Mur)という町があるのですが、豹はここの紋章にも登場しています。で、その豹はせっかくなので下の画像にあるようにムーア川の上を渡っているのですが、橋の上でも火を噴いているところはなんだかマヌケな印象を与えます。昔の橋は木でできているのもずいぶんあったでしょうから、口から火なんか放って渡るのは危ないと思いますよ。よい子はマネをしないように。

ブルック・アン・デア・ムーアの紋章
ブルック・アン・デア・ムーアの紋章

それから、オーストリアには実在しなかった怪物を紋章にしている町もあります。その代表例は、伝説の極悪ドラゴンを紋章にしたクラーゲンフルトです。その紋章は下の画像のとおりなのですが、これって伝説とは対照的にどこか可愛いドラゴンですね。

クラーゲンフルトの紋章
クラーゲンフルトの紋章

ところが、同じドラゴンでもクラーゲンフルトのずっと北にあるリーツェンの紋章になると、下の画像のように目つきも歯も一気に鋭くなり、ついでにグラーツの豹みたいに火まで噴いています。これはかなり迷惑そうなドラゴンですよ。

リーツェンの紋章
リーツェンの紋章

なお、オーストリアで獰猛に火を噴くのは豹やドラゴンだけではありません。スイスとの国境に近いホーエンエムスという町は、アルプス名物のシュタインボックというのどかな野生のヤギを町の紋章にしているのですが、下の画像にあるその紋章をよく見ると、こっそりながらしっかと火を噴いていますよ。どういう動物でも大袈裟にしないと気が済まないんでしょうか。この調子ならもっとよく探せば、「火を噴く凶暴なひよこ」を紋章にしている町さえ出てくるかも知れませんね。

ホーエンエムスの紋章
ホーエンエムスの紋章

おしまいに、ウソや誇張の紋章ばかりではあまりにトホホなので、今日のラストは極めて正直な紋章にしておきましょうね。その真当な一作とは、下の画像で示された「バーデン・バイ・ヴィーン(Baden bei Wien)の紋章です。この地名の意味は「ウィーンの近くの温泉場」です。で、紋章のほうも2人の人が気持ちよくお風呂に漬かっている場面で、バックの赤-白-赤はオーストリアの国旗と同じ。まさにそのものズバリですね。ただ、この町は5つ星のホテルもあるという高級な温泉保養地なのに、紋章に出ているお風呂はなぜか貧乏臭いたらい桶。他の町の紋章が誇大表現に走りがちなのに比べると、なんと奥ゆかしいいことでしょう。

バーデン・バイ・ヴィーンの紋章
バーデン・バイ・ヴィーンの紋章

以上で今日の紋章小話は終わりです。が、このシリーズはこれからも続きます。あちこちの紋章をよく観察すれば、まだまだ面白増なものが見つけられそうですか。次はいつになるかはわかりませんが、「オーストリアの都市の紋章 その2」をどうぞお楽しみに。忘れたころにきっと書きますから。


◆参考資料:
Wikipedia - Dornbirn
http://de.wikipedia.org/wiki/Dornbirn
Wikipedia - Gurk
http://de.wikipedia.org/wiki/Gurk
Bedaeckers Allianz Reisefuehreer, Austria - Gurk
Karl Baedeckers Verlag
Wikipedia - Braunau am Inn
http://de.wikipedia.org/wiki/Braunau_am_Inn
Wikipedia - Graz
http://de.wikipedia.org/wiki/Graz

◆画像元:
Wikipediaのドイツ語版による各都市の紹介のページより





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