オーストリア散策エピソード > No.135
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ドナウは世界最長の大河だった?
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オーストリアの川といえば、中欧で最長を誇る「ドナウ川」が有名ですね。この川、ウィーンのあたりで見るとホントは茶色なのに、「青きドナウ」という粉飾がまかり通っていることでもよく知られています。しかもこれ、もっと上流のザルツアッハ川やイン川まで遡っても緑色になるばかりで、ちっとも青くはなりません。支流沿いに住むチロルの人々は地元の民謡で「緑のイン川」と正直に歌っているんですけど・・・。

しかし、ドナウ川を巡るウソやデタラメは、なにもヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」に始まったわけではありません。はるか昔の紀元前には、もっとすごい誇大妄想(古代妄想というべき?)のインチキが流布されていたのです。それは、「ドナウこそ世界最長の大河なり」という壮大なペテンです。

下の地図は古代ギリシアのヘカタイオスという人が作った世界地図です。そして、この地図にある川の名を順に挙げますと、[1]はドナウ川(ヘカタイオスの地図では「イストロス川」と呼ばれています)、[2]はナイル川、[3]はポー川、[4]はドン川(流れ行く先が少し変ですが)、[5]はインダス川、[6]はユーフラテス川です。で、この中でいちばん長いのは、なんとドナウ川になっていますね。これってすごすぎですよ。   

ヘカタイオスのインチキ世界地図
ヘカタイオスのインチキ世界地図

ちなみに、上記の地図を見ると、クレタ、シチリア、コルシカ、サルディニアといった地中海の島々の地形だけは、今の地図との誤差が少ないですね。ギリシア本土に近いうえ、比較的コンパクトなため船で容易に一周して形を確認できるところがよかったのでしょう。そこで、シチリアの東の端(メッシーナ)から西の端(トランパーニ)までの距離(約200km)を基準にしてヘカタイオスの世界地図の川の長さを計算し、これを今の地理の教材に載っている長さと比較したら、下表のような結果が得られました。

番号 河川名 ヘカタイオスの地図での長さ 今の地図での長さ ウソツキ率
[1] ドナウ川 1,700km 2,860km ▲41%
[2] ナイル川 1,350km 6,690km ▲80%
[3] ポー川 350km 680km ▲49%
[4] ドン川 550km 1,970km ▲72%
[5] インダス川 700km 2,900km ▲76%
[6] ユーフラテス川 1,100km 2,800km ▲61%

以上の数字を見ると、どうやらドナウ川は不当に過大評価されていたというわけではなく、むしろ他の川が必要以上に過小評価されていたというのが真実のようですね。また、ギリシア本土から地理的にも心理的にも離れるほど川の長さのディスカウント率が大きくなってゆく傾向にあるところは、ちょっと面白いと思います。それから、ナイル川が南アフリカの海に源流をもち、タンザニアやウガンダにある2,000m級の山地を逆流して、そこからカイロをめがけて下ってくるという奇想天外ぶりには、古代人の大らかさも感じられますね。まあ、ナイル川が塩水なしで山まで登り、インダス川が信濃川の2倍しかないのなら、ドナウ川が世界最長と言われても仕方ないでしょう。

ところで、古代ギリシアに因んで今日はひとつ余談を。大西洋には「アトランティス大陸」が沈んでいるという噂がありますけど、これも古代のギリシアが震源地だったんだそうですよ。プラトンが勧善懲悪のつもりで「人々がよき行いをしているうちはアトランティスも栄えたが、堕落が始まったから大陸ごとまとめて海に沈没」というお話しをしたところ、いつの間にが肝心な部分だけがごっそり抜け落ちて、大陸沈没の噂だけが強く残ってしまったのだとか。ドナウ川の長さにせよアトランティス大陸のインチキ伝説にせよ、古代ギリシアの人々もなかなかやりますね。トホホぶりではオーストリアも真っ青ですよ。日本にいる私たちも先人に負けずに楽しいトホホ伝説をたくさん作って、数百年後や数千年後の世界の人々を喜ばせてあげたいものですね。    

◆参考資料:
地名の世界地図 - 地名は古代地中海から
21世紀研究会編、文藝春秋
最新基本地図 世界・日本 17訂版 - 欧州 帝国書院編集部編 - 帝国書院
Ancient Map Web List - illustrating maps from the Ancient Period:
6,200 B.C. to 400 A.D.

http://www.henry-davis.com/MAPS/Ancient%20Web%20Pages/AncientL.html
学研学習事典データベース - ポー川
http://db.gakken.co.jp/jiten/ha/522970.htm



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