オーストリア散策エピソード > No.132
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ウィーンのインチキ名物
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Wiener Wuerstel
ウィーンのフランクフルト風ソーセージ

ウィーンのインチキ名物といえば、「ウィンナーコーヒー」が有名ですね。こんなの、現地のカフェーのメニューにはありません。まあ、アインシュペンナー(Einspenner)というコーヒーなら、日本のウィンナーコーヒーに似ているともいえますが、これは生クリームに砂糖が入っていませんから、厳密にいえばやっぱりちょっと違います。

そうそう、ウィンナーコーヒーといえば、よく「ウィンナーソーセージの入ったコーヒーじゃないか?」という初級者レベルのギャグがありますね。しかし、本当にトホホなことが好きな人なら、ここは「そもそもウィーンにはウィンナーソーセージというものがない」というタワケな矛盾こそつつくべきでしょう。ウィーンでウィンナーを食べたと言える人物がいるとしたら、ドイツのミュンヒハウゼン男爵(※注1)ぐらいなものです。    

ちなみに、私はミュンヘンに行ったとき、車の屋台みたいなスタンドでウィンナーソーセージ(ドイツ語ではWiener Wurst)と書いてあるのを見たのですが、同じソーセージをザルツブルクのスタンドでは「フランクフルト風」という名で売っていました。ドイツとオーストリアがソーセージの出元を押し付けあっているところを見て私はてっきり、「ソーセージに関わるというのは恥ずかしいことなのだろうか?」と疑ってしまいましたが。しかし、この意味不明な混乱劇には、もっと別なワケがあったようです。    

まず、中世のドイツやオーストリアでは、焼いたタイプのソーセージが一般に普及していたんだそうです。で、1800年ごろになると、フランクフルトで煮込みタイプのソーセージが発明されたのだとか。もっとも、これって完全に「発明」と言い切れるかどうかは微妙ですけどね。というのも、古代ローマにはすでに煮込み型ソーセージが存在していましたから。昔のゲルマン人たちはローマを滅ぼすときに、水洗トイレともろともに煮込み型ソーセージも全滅させていたようです。    

さて、こうしてウソ臭く再発明された煮込み型ソーセージは、その後フランクフルトのヨハン・ゲオルク・レーナーという人物によってウィーンにもたらされました。また、レーナーはウィーンであらゆる種類の肉の取り扱いを許されていたという必殺の肉屋と知り合い、その機会を利用して豚肉や牛肉を羊の腸に詰めた煮込み型ソーセージを作り出しました。で、これは豚の腸を使うというフランクフルトの煮込み型ソーセージよりも細め(※注2)になります。そこでレーナーはこのソーセージに「ウィーン風のフランクフルト風(Wiener Frankfurter)」というどっちつかずの名前をつけました。そして、この紛らわしい銘名こそが、今の混乱を招く元凶になったのです。    

そこで念のために、オーストリアで売っているウィンナーもどきのソーセージの名前を吟味してみましょう。これ、もし本気でウィンナーのつもりだったら、「Wiener Wurst」になるはずですが、実際には「Frankfurter Wuerstel」となっています。語の後ろの部分がWurstではなくWuerstelになっているのは、オーストリア弁で「普通より小さいソーセージ」という意味ですから、「Frankfurter Wuerstel」は「フランクフルト風だけど小型のソーセージ」ということになりますね。つまり、今のオーストリアでの呼び名はなかなか良心的であり、性懲りもなくいつまでもウィンナーで血迷っているのは外国の人だけということになります。    

ところで、ウィンナーソーセージを巡る混乱劇としては、アメリカでもけっこう派手なのが起こっています。その発端は、この煮込み型ソーセージがドイツのダックスフントという犬の尻尾に似ていたことにありました。で、アメリカの人たちはドイツの犬の種類なんて区別するのが面倒なのでこれを「犬」でひとくくりにし、さらに「尻尾」や「ソーセージ」も省略。その甲斐あって、1830年頃には「野犬を捕まえてソーセージにしている」という噂が立ちました。まるでかつての日本で噂された「ネコドナルドのニャンバーグ」みたいですね。また、1840年には「犬サンドウィッチ」というメニューが登場、さらに1860年には「犬をソーセージにするなんて可哀想」と思ったセプティムス ウィナーという人物が、「私の子犬はどこへ行った?」という悲しげな詩まで発表しています。    

が、事態はそんな生易しいことでは済まず、さらに大きな発展を遂げてゆきます。19世紀のアメリカでは熱い煮込みソーセージを食べるときに指のやけどを防ぐための特別な手袋があったというのですが、この面倒を解決すべく、1890年ごろにフェルトマンという人が親戚のパン屋に頼んでソーセージ向きの形をしたパンを作ってもらいました。で、指で触ってもやけどをしないようにソーセージを挟んだというこのパンの名前は、「どうせ犬ソーセージのイメージが定着しているんだから、ホットドッグでいいだろう」ということになりました。こうして実物と名称がまったく一致しないパンが出来上がり、今でも「なんで犬が熱いんだ?」と理解に苦しむ人が続出の大迷惑になっているのは誰もが知りとおりです。    

ウィーンのどこを探しても売ってないのにウィーン名物と言われ(日本版のWikipediaの「ソーセージ」の項目でも、2006年8月13日現在、ウィンナーはウィーン名物になっています)、犬を料理したわけでもないのに犬ソーセージ呼ばわりをされ続けているウィンナーソーセージ。これ、一見ごく平凡で善良な食べ物に見えながら、実は世界の各地で様々な妄想を生み出した恐るべき一品だったんですね。    

※注1)ミュンヒハウゼン男爵とは「ホラ男爵の冒険」という小説の主人公。
※注2)日本だけの基準かも知れませんが、ウィンナーは直径20mm以下、フランクフルト風は直径20mm〜36mmで、この上には直径36mm以上のボローニャ風(牛の腸を使用)があるといいます。

◆参考資料:
ウィーン今昔物語 - ウィーン料理、千年の歴史
http://members.aon.at/hwien/bgk/2003/eb1.html
Betty Bossy - Rezept-Geschichte: Wie Amerika auf den Hund kam
http://www.bettybossi.ch/de/schwerpunkt/iwb_spkt_reze_20040324094602_arc.asp
ドイツのケーキ、料理、酒 - ソーセージの歴史
http://home.q04.itscom.net/asoh/Essen-Wurst-Geschichte.html
ニューイングランド通信 - 161話「7月はナショナル・ホットドッグの月」
http://www.mmbc.jp/mmbc/world/kazama/n_020703-1.html
Wikipedia - ソーセージ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC
秘中の秘 - うんちく vol.267 ソーセージ
http://secretary.blog.ocn.ne.jp/secret/2005/03/post_9.html
Wikipedia - Hot Dog
http://en.wikipedia.org/wiki/Hot_dog

◆画像元:
Wiener Wuerstchen
http://de.wikipedia.org/wiki/Wiener_W%C3%BCrstchen



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