オーストリア散策エピソード > No.118
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インチキ山のカーレンベルク
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カーレンベルク
カーレンベルク

ウィーンの森にはカーレンベルクという名勝地があります。この山の高さは484mしかありませんけど、そこから眺めるウィーンのパノラマはなかなかよろしいようですよ。ただ、私が調べた限り、どのオーストリア史の原書やネット情報を見ても、この山の語源は「ラテン語の mons calvus(ハゲ山)」とされていて、なんだか森にあるイメージとは全然違いました。フシギですね。

そこでさらに調べてみたところ、河野純一氏の「ウィーン 路地裏の風景」という本に、「カーレンベルクの語源はケルト語のcaldum(cal=どっしりした、dum=山)で、これを日本語にするなら大山という意味」ということが書いてありました。なんだか鳥取県の山みたいですけど、こっちのほうが説得力は高そうですね。というのも、今のオーストリアの地にはゲルマン人のずーっと前にケルト人が住んでいて、この人たちはカーレンベルクのあたりにも紀元前13世紀ごろから定住していたといいますから。また、近くのドナウ川の語源もケルト語の川とか流れを意味するdanuだったし、ウィーンの語源もケルト語説が有力です。どうやらオーストリアの人たちはケルト語のcalがドイツ語のkahl(ハゲ)とよく似た発音であることに惑わされたようですね。

ところで、500年以上前の地図を見ると、カーレンベルクという名の山は今と違った場所に記されていたんだそうです。で、現在のカーレンベルクがあるところには、Schweinsberg(ブタ山)とかSauberg(汚物山)というウンコ臭そうな山の名が書き込まれていたのだとか。ちなみに、オーストリアのドイツ語でSauにTreiberという単語をくっつけてSautreiberにすると「スケベ」という意味にもなります。この山、Sauだけで済んでよかったですね。でも、なんで500年前のブタ山の場所に今はカーレンベルクがあるんでしょう?

実をいうとこれ、ブタ山がお隣りにあったの山の名を乗っ取った結果なんですよ。1679年にハプスブルク家のレオポルト1世は、元祖カーレンベルクのほうにレオポルト教会を建立。この年から本来のカーレンベルクはレオポルツベルクと呼ばれるようになったといいます。そこで、隣りのブタ山はそのカーレンベルクという名を失敬し、これまでの汚名を返上。まさにめでたしめでたしということになりました。

ついでながら、ブタ山のことをもっとよく調べたら、ここにいたのは豚じゃなくて京都の北山と同じ猪(Widlschwein=野生の豚)でした。不精をしてWild(野生)を省略したのがいけなかったんですね。また、ウィーンの森といえば猪のほかに鹿もいましたけど、これに蝶が飛んできたら「猪鹿蝶」で任天堂の花札みたいになりますよ。

花札1 花札2 花札3

ところで、1679年にいきなり山の名の変更とか乗っ取りという事態が起こって、これがその後何事もなかったかのように扱われているところはなんだか怪しくありませんか?私としては、どこかでひそかなれど強引に新カーレンベルクの名称徹底運動が展開されていた可能性が高いと推測しているのですが。なにしろ、「フシギあるところにトホホあり」はオーストリア史の鉄則みたいなものですから。

そこで私は「どうしても山の名を変えなくてはいけない理由」の可能性を考えてみたのですが、「もしかしたら?」と思える史実がひとつありましたよ。それは、1683年に起こったオスマントルコの第二次ウィーン包囲です。このとき、カーレンベルクに集結したポーランド王ヤン・ソビエスキーやロートリンゲン公カールのカトリック軍は見事に異教徒軍を撃破、と一大英雄物語が歴史に刻まれています。しかし、もしこれが「ブタ山だか汚物山にハエみたに集まっていたカトリック軍がトルコ軍とウンコ臭く戦って勝ちました」となっては笑い話しみたいに聞こえます。で、そうしたブザマな事態を避けるべく、実は1683年の段階でまだブタと呼ばれていた山を急いで改名する必要ができ、「元祖カーレンベルクは1679年にレオポルツベルクに改名されていた」とあとからこっそりインチキ文書が作られたのではないかと。そして、ブタ山が隣りの山の名を拝借したのは、当時の為政者たちに新しい名を考える暇も余裕もなかったせいではないかと思えるのですが。それに、たった4年でこうした紛らわしい山の名の変更が徹底するなど、元来のんびりしすぎのオーストリアにしては不自然なほど迅速な行動です。どう考えても叩けば埃はいっぱいでてきそうですよ、これ。

◆参考文献:
ウィーン 路地裏の風景 - ウィーンの森へ
河野純一ン著、音楽之友社
Oesterreich Lexikon - Kahlenberg
http://www.aeiou.at/aeiou.encyclop.k/k015572.htm
Oesterreichisch Lexikon - Leopoldsberg
http://www.aeiou.at/aeiou.encyclop.l/l546666.htm
Weingut - Sorten und Lagen
http://www.deppisch.com/seiten/dwsl04.html

Wikipedia - Kahlenberg
http://de.wikipedia.org/wiki/Kahlenberg


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