オーストリア散策エピソードNo.051-100 > No.086
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モーツァルトチョコレートの舞台裏
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モーツァルトチョコレート
フュルストのモーツァルトチョコレート ミラベルモーツァルトチョコレート
フュルスト ミラベル

オーストリアで手頃なおみやげといえば、モーツァルトチョコレートがありますね。そして、モーツァルトチョコレートの有名なブランドといえば、「元祖」を名乗るカフェー・フュルストと「本家」(※注1)を名乗るミラベルが双璧です。なんだかザッハートルテの本家争いをしたザッハーとデーメルを彷彿とさせますね。

※注1) 正確にいうと、原語である「echt」は「本物の」を意味します。

しかし、ザルツブルク・クロニックや現地のWebサイトをいくら探しても、カフェー・フュルストとミラベルの間に法廷を巻き込んだ壮絶なバトルの証拠は見つかりませんでした。まったく無風だったとは思いませんが、これは実に意外です。

モーツァルトチョコレートは1890年にザルツブルクでカフェーを経営するパウル・フュルスト(よく見ると偉そうな苗字。お菓子屋なのにドイツ語で「侯爵」という意味の姓ですよ。)によって編み出されました。カフェーフュルストが「元祖」を名乗るのはもっともなことですね。そしてこのパウルおじさんはモーツァルトチョコレートを1905年のパリ万博に出品、見事にメダルを獲得しました。これで未来の売れ行きにも太鼓判です。

初期のカフェー・フュルスト
初期のフュルストの現場

ところが、このパウル・フュルストという人はうっかり者でもあったようです。というのも、せっかく作り上げたチョコレートのレシピーの意匠権をちゃんと登録してなかったので。おかげであちこちの菓子製造業者が類似品を出し始めることになりました。あらら〜という感じですね。

このときコピー商品に走った菓子メーカーのひとつに今のミラベルがありました。その母体は未確認ですが、たぶんザルツブルクにあったライズィーグルという会社じゃないかと思います。当時この会社がもっていた工場は下の写真のとおりです。この写真で想像はつくと思いますが、生産能力は相当大きそうですよ。

ライズィーグルの工場
イズィーグルの工場(1917)

ちなみに、ライズィーグルという会社は第二次世界大戦のあと経営不振に陥り、さらに1975年にはモーツァルトチョコレート部門(今のミラベル社)をクラフト・フーズという会社に売却しています。クラフト・フーヅというのは米国のクラフトとドイツのヨハン・ヤコプスおよびスイスのスシャールが合併してできた巨大食品メーカー(現在の社名になったのは2000年)で、グループ従業員数は10万9千人にもなります。そして今のミラベルはモーツァルトチョコレートを1年に1億個も生産しているのだとか。

一方、カフェー・フュルストのモーツァルトチョコレートは21世紀の今日でも手作りのままです。したがって、生産能力は年間で40万個。しかも店舗はザルツブルクに3つあるだけですから、売上ではミラベルとまったく勝負にならず。しかしフュルスト家の人々は「元祖」のプライドにかけて、これからも手作りを守ってゆく構えを崩していません。

カフェー・フュルストのモーツァルトチョコレート製造風景の写真は下記のサイトでご覧になれます。なんだか日本のダンゴ屋みたいに見えますけど。また、このページの文中で Herstellung というところをクリックすると、製造工程のスライドショーも見られます。その工程は、ヘーゼルナッツ味の玉をヌガーでくるんで串に差し、これにチョコレートを塗って固めて、次に串を抜き、最後にその穴をチョコレートで埋めて完成です。

● http://www.original-mozartkugel.com/mozartkugel/mozartkugel.htm

なお、フュルストのホームページには「それほどポピュラーじゃなかったモーツァルトの名前をわざわざチョコレートにつけてやったわい。」ということも書いてありますが、いくらなんでもこれはちょっと言いすぎでしょう。ザルツブルクではモーツァルトチョコレート誕生の48年も前にモーツァルトの像がしっかり立っていましたから。

これに対しミラベルのほうは自社のホームページで、「モーツァルトチョコレートを発明したのがフュルストであることは事実。だが、いつまでも手作りというのは時代遅れ。成長する世界のニーズに応え、しかも低価格で商品を提供するため、当社は早くから機械化による大量生産を導入した。」と述べています。しかも「品質についてはISOの認証を得ているからバッチリ!」と胸を張っていますよ。アメリカ系企業らしい考え方ですね。

ご参考までに、ミラベルのホームページには「モーツァルトチョコレートの製造工程/手作りと機械生産」という動画がありますので、そのURLをご紹介しましょう。下記のサイトで面で「Production in the past」が過去の製法、「Production nowadays」が新しい製法を紹介した動画へのリンクです。Quick Timeでないと見られませんが。ちなみに、1個のモーツァルトチョコレトができるまでの時間は2時間30分だそうです。

● http://www.mozartkugel.at/mozartkugel/page?siteid=mozartkugel-prd&locale=aten1&PagecRef=142 (2005年、URL変更)

そういえば、下記のサイトで「モーツァルトチョコレート5社の味比べ(ドイツ語)」というのがありました。2003年3月19日に実施したものだそうです。

● http://www.hochleitner.at/presse/artikel/vorkoster2.htm

この味比べの結果は下記のとおりで、安さではミラベルがトップでしたが、味ではフュルストが優勝しています。手作りの面目躍如ですね。ただ、同記事に「もっとおいしいものがあった。それはフュルストの新作・バッハチョコレート!」と書いてあるところは笑えました。モーツァルトそっちのけでドイツの作曲家のチョコなんかオーストリアで売ったって仕方ないでしょう!フュルストはほかにも、メッテルニヒやドップラーの名を冠したお菓子まで発売しています。デフレの時代に「手作りじゃ高い!」と苦情をいうお客が増えてキレたんでしょうか?

1位 フュルスト(@0.80ユーロ): サイズもチョコやヌガーの固さも上々。
2位 シャッツ(@0.65ユーロ): ヌガーの香りがちょっと...。
3位 ミラベル(@0.40ユーロ): チョコの層が厚いのは機械化にありがちな弊害。
4位 ホルツマイヤー(@0.65ユーロ): 甘すぎ。
5位 レーバー(@0.50ユーロ):お粗末。古いのを食べたかな?


一方、オーストリア南部のケルンテン地方では、「モーツァルトチョコレート、本物はどれだ!」という企画がありました。こちらのほうではなんとミラベルが優勝しています。審査員によると、「最初のモーツァルトチョコレートはまん丸だったのに、いつの間にかミラベルとホーファー以外は釣鐘型に変わってるから減点。」と指摘しています。ミラベルもそれなりに「本物」を名乗る資格はあったんですね。

丸くないモーツァルトチョコレート
丸くないチョコの例

おしまいに私の意見ですが、手作りのハイテク機器メーカーに勤め、京都の古い和菓子屋さんに通っている者としては、カフェー・フュルストの末永いご健在をなによりもお祈りせずにはいられません。しかし、ミラベルのモーツァルトチョコレートは大量生産で価格が安めとはいえ、味はけっこいいですね。これ、京都駅の八条口にあるカフェー・モーツァルトでも売ってて、私は今でもときどき買ってます。


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