オーストリアの公用語はドイツ語です。しかし、ドイツ本土とはけっこう違いますよ。今日はそのお話しをしてみましょう。
まず目を引くのは、日常よく使う単語の中に、けっこう違うものが多いということです。たとえば以下のように。
単語 |
ドイツ語 |
オーストリア弁 |
こんにちは |
Guten Tag (グーテン ターク) |
Gruess Gott (クリュス ゴット) |
やあ! |
Hallo (ハロー) |
Servus (セアヴス) |
馬 |
Pferd (プフェールト) |
Ross (ロース) |
きのこ |
Pilz (ピルツ) |
Schwam (シュヴァム) |
〜階 |
Stock (シュトック) |
Etage (エタージュ) |
オーストリアのGruess Gottとは「神様」と「挨拶」という単語を合わせたもので、ゲルマン人のもっと祖先が数千年前に使っていたことばの名残りだと言われています。一方、Servusとはラテン語のSciavo(スキアーヴォ)に起源をもつ古い学生ことばで、元々の意味は「私はあなたに仕えます」ということでした。イタリアではこのSciavoのSとvが消えて、おなじみのCiao(チャオ)ということばになっています。4番目のSchwamということばは、古いバイエルン族のドイツ語が残ったのでしょう。そして最後のEtageはフランス語から拝借したことばです。要するにオーストリアのドイツ語は何でもありというワケなんですね。私はこうした雑種みたいなことばが大好きですが。そういえば、オーストリアの人はその後も新しいことばをせっせと輸入しているようです。たとえば「私はわかりますよ」というのを標準語では「Ich
verstehe.」というのですが、オーストリアではイタリア語の単語をドイツ語風の綴りと語尾変化にして「Ich
kapiere.」なんて言いますから。日本語の「ありがとう」や「さよなら」も、けっこうそのままで通じますよ。
ついでながら、ウィーン名物の音楽にシュランメルンというのがありますが、これはボヘミアからやってきた楽団の名前でした。また、ウィーンの辻馬車はFiakerといいますが、これはパリの辻馬車がよく止まっていた場所の地名「フィアクル」が語源です。自国を代表する文化を表すことばにも平気で外来語を使うとは、なんと大らかなことでしょう。下の帝政時代のオーストリアの諸民族の写真を見れば、オーストリアに異文化の混じ合う風土があった理由は、すぐわかると思いますが。
ザルツブルク地方 |
セルビア人 |
マジャール人 |
スロヴェニア人 |
フォアアールベルク地方 |
ポーランド人 |
ルテニア人 |
ケルンテン地方 |
人の名前でも、時々オーストリアとドイツでは、綴りの違いが発生します。たとえば以下のように。
名前 |
ドイツ風 |
オーストリア風 |
クリティーネ |
Kristine |
Christine |
クレメンツ |
Klemenz |
Clemenc |
オーストリではゲルマン的なKの代わりにChやCを使うことがあるんですね。これは、どうやらその昔イタリアの文化に一目おいていたことが影響しているようです。ちなみに、ザルツブルクにあるモーツァルト博物館にはイタリア文化が優勢だった頃の音楽会のチケットが展示されてますが、ここでもコンサートのことを今の標準語の「Konzert」ではなく、「Concert」と書かれています。一方、クレメンツの「ツ」が「z」じゃなく「c」になるところは、スラブ系の言語の影響だと思われます。
このほか、綴りは同じでも発音が違うというケースもありますよ。以下にちょっと例を示しましょう。
名前 |
ドイツの発音 |
オーストリアの発音 |
Sofie |
ゾフィー |
ソフィー |
Grimm |
グリム |
クリム |
Ludwig |
ルートヴィヒ |
ルートヴィク |
ドイツ語では母音の前にある「s」がザ行の濁音となりますが、オーストリアはサ行で濁りません。語頭の「G」も同様、オーストリアでは発音が濁りません。しかし、同じドイツ語圏で名前の発音が変わるのはちょっと厄介ですね。また、語尾の「ig」はドイツ語なら「イシ」と発音しますが、オーストリア弁は「イク」です。こういう違いのため、オーストリア風のドイツ語は、ちょっと優しい感じに聞こえてきます。話す速度も、オーストリアのほうがゆっくりですから。
さて、次は文法の違いです。まず驚くべきことに、オーストリア弁には英語の「〜's」に相当する文法がありません。それで、たとえ「お父さんの帽子」というときは、下記のようにドイツ語と違ったかたちになります。
ドイツ語 |
Der Hut des Vaters |
オーストリア弁 |
in Vater sein Hut |
オーストリアでは「お父さんの」というダイレクトな表現方法がないので、「お父さんにとって(in
Vater) 彼の(sein) 帽子(Hut)というのです。ただし、これはだいぶ訛った人の話しですけどね。
さて、こういうお国柄ですから、オーストリアは保守的なわりにフランスのような外来語排斥運動は起こった形跡がありません。ただ残念なことに、その方言を少し恥じる人は少なからずいます。おかげで、オーストリア人に「方言を教えて!」というと、イヤな顔をされることも。確かに威張るほどのことではありませんが、もう少し自信をもってもいいと思いますよ。だって、この国ではハプスブルク家の人たちも代々方言を話してきたんですから、オーストリア弁は立派に由緒正しいことばでもあるのです。
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