オーストリア散策書棚 > No.37
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楽園・味覚・理性 - 嗜好品の歴史
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「楽園・味覚・理性」


出版元 法制大学出版局 発行 1988年2月25日(初版)
著者 ヴォルフガング・シュヴェルブシェ 体裁 21.5cm×15.5cm
訳者 福本義憲 ページ数 240ページ


目次

●はじめに ・・・ 1
●香辛料または近代の曙 ・・・ 3
●コーヒーとプロテスタンティズムの倫理 ・・・ 16
コーヒー前史 - 17世紀以前のアルコールの意味 ・・・ 23
偉大なる覚醒者コーヒー ・・・ 36
コーヒーをめぐるプロとコントラ ・・・ 44
コーヒーハウスかた女たちのコーヒークレンツヒェンへ ・・・ 51
ドイツ・コーヒー・イデオロギー ・・・ 75
イギリスにおけるコーヒーからティーへの移行 ・・・ 84
チョコレート、カトリシズム、そしてアンシャンレジーム ・・・ 90

●タバコの乾いた酩酊 ・・・ 103
喫煙の進化 - パイプ、葉巻、シガレット ・・・ 118
喫煙の社会的・空間的拡大 ・・・ 124
十八世紀の嗅ぎタバコ文化 ・・・ 138

●産業革命、ビール、そして火酒 ・・・ 156
●儀式 ・・・ 176
●居酒屋 ・・・ 198
カウンターの進化 ・・・ 203
●十九世紀の人工楽園 ・・・ 214
アヘン、プロレタリア、そしてポエジー ・・・ 216
アヘンと植民地主義 ・・・ 226
新たなる寛容 ・・・ 234

◆訳者あとがき ・・・ 239
◆図版出典一覧 ・・・ 巻末viii
◆参考文献 ・・・ 巻末i



ひとこと


この本は「オーストリア散策」の開設5周年のお祝いとして当サイトのご常連さでいらっしゃるPoketさんからいただいた1冊です。さらに、著者の福本義憲先生は私の大学時代の恩師であり、私がオーストリアに留学するときの推薦書を書いてくれた先生でもあるんですよ。    

この本で最も興味深いのは、「味覚にイデオロギーがあった」ということです。例えばコーヒーには眠気を覚ます効果がありますが、それが「怠け者の酒と勤勉者のコーヒー」という対比につながるところにはとても納得できるものがあります。というのも、オスマントルコが発展を加速させて領土拡大に勢いをつけた15世紀は同帝国でコーヒーの味が一般に広がった時期と重なりますから。また、ヨーロッパの軍事力がオスマントルコに追いついたことを象徴する「第二次ウィーン包囲撃破(1683年)」は、欧州各国にコーヒーが伝わってから20年〜30年後のことでした。これらが単なる偶然の一致だったとは思えません。そこでちょっとネットで調べたところ、イスラムの世界では1454年にわざわざ法律で一般民衆のコーヒー飲用を認めたとのこと。これは国力拡大の意思の産物とも取れそうです。それに、17世紀以降の欧州でインチキまがいのコーヒー薬用論が現れたのにも、これまた何かの野望の香りがします。    

そういえば、アジアの中で欧米列強の植民地にされずに済んだ日本と中国には古くからお茶がありますね。両国には、ヨーロッパよりも早く眠気を覚ます飲み物があったから占領されなかったという面があるのではないでしょうか?お茶やコーヒーには西洋だけでなく、東洋にも「ヤル気」や「本気」を象徴する意味が隠されていたといえそうです。ついでに言うと、日本の戦国武将は茶の湯の心得をもっていましたが、今の煎茶よりもずっと眠気を吹き飛ばす抹茶を飲んでいたというのはこれまた必然だったのかも。風流のためではなく、戦に勝つという実益ために茶の湯をやっていたのではないでしょうか?    

このほかにも、香辛料やたばこからアヘンに至るまで、今の日本の社会を考えるうえでもよいヒントになりそうなお話がこの本には数多く載っています。そして、その合間にはちょっと笑えるトホホなエピソードも。例えば下の画像は「トルコから伝わったコーヒーを自宅でトルコ人になりきって飲んでいたヨーロッパ貴族」ですけど、これってどうみてもアホな仮装大会ですね。また、香辛料の取れる土地はエデンの園のような楽園と信じられていたそうですが、大航海時代を経てそうでもないことがバレた時期と香辛料の価値下落の時期が重なっているところもなんだか笑えます。さらに、大酒を飲んでバカにされるのはイヤだけどコーヒーを飲んでガツガツと働く人と同類視されるのもイヤという貴族がココアに逃げたところはいやはやです。    

トルコ人になりきってコーヒーを飲む光景    

以上、この本はマジメに歴史を学ぶために読むもよし、トホホな香りの逸話も探すためだけに読むもよしです。    



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